渡嘉敷島は森林率83%と、標高200メートル以上の緑豊かな山々のおかげで渓谷も多く、昔から水に不自由することなく稲作や農業が行われてきました。
村のいたるところに井戸が設けられ人々の生活水として利用され、山から湧き出る水のおかげで山間を利用した畑作も行われていました。
今でも、大雨が降ると港が見える丘公園傍の岩場からは、滝が流れ落ちている様子を見る事ができます。
大雨のときなどは、渡嘉敷島の川が氾濫するほどで現在整備が急がれています。
生活水を確保するために!
昭和36年からスタートした簡易水道事業により水道の普及率はほぼ達成し、井戸水の利用もだんだん減っていきました。
また、年々増加する観光客に対応するため昭和53年度からは取水ダムの建設が始まり水源確保と施設の整備が行われています。
現在2箇所のダムと3箇所の貯水池があります。それぞれの貯水量は、恩納川取水堰が約38,000t、イシッピ取水堰が2,600t、1号貯水池は18,000t、2号貯水池5,500t、3号貯水池は4,400tとなっており、ダムから浄水場や配水池を経由して各家庭へと運ばれ、渡嘉敷島の生活をささえています。
平成5年に断水があったものの年間十数万人もの観光客にも供給できる水源は、この島の自然なくしてはむずかしい事だと思います。
昔の水事情。
昔は、阿波連地区から渡嘉敷地区への5キロの道のりを山超え谷超えしながら歩いて行たそうです。
途中に2箇所の岩清水の出るところがあってそこで休憩していたそうで、「竹で作ったストローを置いていて交代で飲んでいたよ!あの水は、とっても冷たくて甘みがあっておいしかったなー!」と金城さん(現在51歳)は、子供の頃の話しをしてくれた。
この場所は、阿波連から戦石碑を少し過ぎた、今はハイビスカスが植栽されているあたりと、渡嘉敷の當山鶏舎のあたりだそうです。また、阿波連の林道に水の落ちる様子から通称パタパタガーラと呼ばれる水の出る場所があるそうですが、現在では、大雨のときにしか流れていないそうで、段々畑をやめて土地が固くなり雨水がしみこまなくなったからではないかと言われています。
以前は、糸満の漁師などが船を着けてここで給水していたそうです。
昔は、古い屋敷には井戸がありましたが、洗濯や体を洗うのは川を利用していたようです。ダムが出来るまでは、渡嘉敷地区の人たちは、嘉手苅川で朝水汲みをしてお茶を入れていたそうで、いかにきれいだったかがわかります。
山々に振った雨水は、川に流れたり地下水となって海に返されます。
透明度では、世界の5本の指に入る美しいこの渡嘉敷島の海をいつまでも守っていきたいものです。

この記事の案内人は 【 島むんガイド 容子 】
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